講演資料 2006年4月韓国 
 

SEOUL NATIONAL UNIVERSITY OF TEGHNOLOGY   seminar manuscript

テーマ: 日本の金型産業・NOW

(株)伊藤製作所
代表取締役 伊藤澄夫*
510-8122三重県四日市市広永町101
TEL : 059-364-7111
e-mail : sito@itoseisakusho.co.jp


1.はじめに

当社は2005年に創業60周年を迎えました。先代は魚網機械の戦後復興で事業を開始しましたが、この事業では先が見えていると予想し、1963年より順送り金型の製造販売を始めました。中部地区の順送り金型メーカーとしては老舗企業と言われています。
私のパスポートはスタンプを押すページが無くなるほど海外へ情報収集に出かけます。海外事情を含めモノづくり企業の本音を語ります。

2.日本と海外の金型企業事情

【愛国心とモノづくりのDNA】

国により又、個人差もありますが、日本人は愛国心が薄れてきているのに反して、海外では日本よりはるかに愛国心の強さが感じられます。戦後マッカーサーによる農地改革、財閥の解体、日教組による教育方法、過去の歴史によるハンディーなども関係しているかもしれません。一方、愛社精神に関して言えば日本ほど強い国民はいないと言って過言ではありません。

昨今、海外から見た日本の評価は、「政治がお粗末で、日本から侍が消えて無くなった。しかし、モノづくりはすごい、手本にしたい」・・・などと言われますが、それが日本人の愛社精神とモノづくりのDNAの毛並みの良さではないでしょうか。

一方、韓国は日本と比較して愛国心は羨ましいほど旺盛に思われます。軍隊での生活は身も心も正しく鍛え上げられ、若者のパワーは日本人とは比較にならないと考えています。その若者が企業に入り活躍するエネルギーは計り知れないものでしょう。その上、前記のように愛社精神とかモノづくりに対するこだわりなどが加われば、世界一の製造立国として発展するでしょう。

 【人 材 面】
日本は既に先進国になり、物価や労務費の高さは世界で1〜2のレベルです。モノづくりの中小企業が優秀な学卒を採用することは容易でありません。一方、中国やアジア諸国の金型メーカーでは、高等数学・外国語を自由に話す優秀な社員をふんだんに採用できるのです。このような実態でありながら、なぜ日本の金型メーカーが世界の先頭を走り続けられるのでしょうか。私はそれが愛社精神であり、モノづくりのDNAから来るものと考えています。

しかし、日本人だから愛社精神があると決め付けてはいけません。平素から(得意先も大切ですが)社員と血の通った付き合いをし、魅力や将来性のある会社を経営し、成果の分配も手厚くしなくてはいけないと考えています。
 優秀な学卒と言いましたが、海外ではそのような社員は概して製造現場に出たがりません。どこの国でも現場に出ることは"ハジ"。現場の仕事はレベルの低い者(低学歴者)がするものである。・・・・と決め付けているようです。アメリカの製造現場でヒスパニックや黒人などがメインであるなどが良い例です。(これが日本にとって幸運)これでは良い金型は出来ません。

 私は昨年2回韓国を訪問しました。金型製造業の急激な技術の進歩に驚きました。現代自動車の高給車に乗った時、その出来ばえに感心しましたが、特に内装の仕上がりは世界でトップクラスではないかと思ったものです。
ソウルのホテルからコンビニエンスストアに買い物に出かけたときの感想ですが、日常雑貨品が急激に高くなっていました。日本と変わらない値段の商品がたくさんありました。私の予想では3年間で20%以上値上がりをしているように思えました。これは「韓国の皆様の給与も急激に高くなっているので問題はない」・・・と言うことで済まされないと思います。日本が過去も現在も物価の高さで企業は苦しんでいます。輸出競争力も徐々に落ち込み、物価高により日本の競争力のある工業製品が年々少なくなってきています。韓日共に輸出なくして国の発展は無いと思いますが、貴国にとってこの物価上昇は大きな問題であると痛感しました。
 
 【日本の金型の実情】
 海外では金型専業メーカーは極めて少ないのです。「何故、他社が儲かることの応援をしなくてはいけないのか」。量産して利益を上げるために金型を製作する。・・といった企業が 圧倒的に多いのです。そのために日本や韓国から金型輸出が多いのかも知れません。

 例外はありますが、日本でも韓国でも何故か、金型企業よりも量産する企業のほうがはるかに利益を出しています。金型企業の設備は高価で教育に時間がかかり、優秀な社員を必要としているのに・・・も拘らず。

 各種の金型の総生産のうちプラスチック金型とプレス金型で70%程度でしょうか。海外ではプラスチック金型が大変進んでいて、プレス金型が少し遅れています。多くの海外の金型企業にその理由を尋ねたところ、プラ型は製品図面が金型図面である。プレス金型は工程を決めることが難しい。経験が少ないためか工程設計を教える者がいない。などの返事が返ってきました。

前記のように高等数学を学んだ社員にとって、3次元CADや3次元加工プログラムを作ることは簡単なことであり、高精度のマシニングセンターとマッチングにより日本製金型と遜色の無いプラスチック金型が出来るのかもしれません。

【韓国金型企業の今後】
韓日の金型企業を大雑把に比較すれば、日本が早い時期から多くの金型企業が存在したことと、製作した金型数の多さでトータル的には日本のほうが若干優位にあることは事実です。

しかし、現在では日本よりはるかに進んだ金型技術を持つ韓国企業も数え切れません。日本には高物価、国家の巨額の財政赤字、少子化、若者の製造離れ、空洞化と技術の流出など多くの問題を抱えています。

日本の金型企業が単に各社の努力だけでは決して進んだ金型企業になれるものでは無いと断言できます。それには恵まれた環境(インフラストラクチャー)にあると思います。韓国の企業が今後大きく飛躍するためには下記のような要因を注目していただければ参考になるのではないでしょうか。

・・産業のインフラストラクチャーとは・・
自国の工作機メーカーの発展・特殊工具・金型材料の開発・金型付属部品メーカーの発展・測定器メーカーや専用機メーカーの進歩・産学官共同研究・異業種交流の活発化・・・・。
これらのインフラが更に整うことにより韓国の金型メーカーがより強いものとなると考えています。

3.当社の実態
 当社は過去40年余り、簡単な金型から30工程もある順送り金型を8000型以上製作してきました。それなりに技術の蓄積は出来たと思っていますが、なにせプレス金型では利益が出ません。製作方法は決して悪いとは思えないので、やはり金型費が安いのだろうと自分で慰めています。それでもこの事業を今後も積極的に続けていくつもりでいますが、それは前記のように金型を社内用として製作し量産すると安定した利益が出るからです。ちなみに、外販する金型は生産能力の75%となっています。

内製金型の製作に当たり、さまざまな工夫をこらし社内で量産テストを繰り返し、その成果を外販金型に組み込むことにしています。利益の出ない金型と申しましたが、当社では最近金型だけでも多少の利益が出るようになりました。設備はメインとして、マシニングセンター10台、ワイヤカット10台、自動プレス61台、研磨機10台などです。それらの設備の償却が70%程度終ったからなのです。無料の機械で製作できるという意味です。これでは本当の利益とはいえませんが。

【当社の今後の進め方】
アジア諸国ではプレス金型製作は不得意と述べましたが、抜いたり曲げたり絞ることなど一般的な 部品は、進出した外資系企業の努力もあり、どこの国でも製作可能なほど技術力は想像以上に進んでいます。そこで、規制や物価などハンディーのある日本で「並みの金型製作では落ちこぼれる」・・・・。と常に危機感を持っています。

現在まで8000型製作したことによる蓄積されたノウハウを生かし、多工程の順送り金型を積極的に挑戦しています。小さな部品であれ20〜25工程となれば金型は2mを超えるサイズになります。
現在400トン以下の能力のプレス機ですが、順次600〜800トンのマシンを導入し3m前後までの順送り金型製作を目指しています。その時点で韓国や中国、アジアの同業者に一歩も二歩も優位に立てるでしょう。

大きさや複雑な金型だけではなく、更にアジアの同業者に負けないモノづくりのため、05年9月に冷間鍛造が可能な自動プレス機(300トン)を導入しました。このプレス機で一般的にロストワックスやダイキャスト、切削加工で数十秒、数分かけて製している部品のプレス加工化を目指しています。

プレス加工であれば一秒前後で加工が可能となるので、生産コストは桁違いに安くなるのです。
裾野産業である我々中小製造業の技術力と努力が、大手企業の海外進出(空洞化)をとめることが出来るかもしれません。

従来、切削加工とプレス加工を比較すると、切削のほうが精度的に高いと言われてきました。しかし、近年金型の設計や加工技術が向上してきて、筒状の外径や内径、穴あけのプレス加工でミクロン単位の高精度部品が製作できます。海外との価格と品質競争においてこれらの技術を武器にして対抗しようと考えています。

当社の得意先に順送りプレス加工による冷間鍛造技術のメリットをご案内しても充分なご理解がいただけないため、サンプル部品(デモ用)の金型を製作しましたのでご紹介します

(開発金型費用1100万円)

工 程 数 15工程
(アイドル工程は別) 
金型サイズ 1300mm×600mm)
ダイハイト 450mm 
打ち抜き加重  135ton
材    質  SPHC
板厚4mm×材料幅65mm
加工スピード  毎分60個


メーカー  アマダ
機 種    PDL300
機械の特徴 
  ナックル・リンク
加圧能力  300ton

4.おわりに
 日本の中小製造業は現在まで度重なる試練を乗り越え、たくましく成長してきました。では今後もそのように進めるかと言うと、不安が無いとは言い切れません。 日本のモノづくりの現場で、今日まで団塊の世代が活躍しましたが、彼等が職場を卒業した後が心配されています。

ご承知のように日本では少子化が厚生年金がらみで心配されていますが、もっと大きい問題が今後のわが国のモノづくりへの影響であると危惧しています。
少子化になれば大学へも簡単に入学できるはずです。そんなに勉強しなくても卒業もできるでしょう。現在でもアジア諸国のハングリー精神を持った若者は日本の学生より勤勉に努力している事実を目の当たりに見ています。私はそれを先進国病と思っています。

 少子化は更に就職の面でも有利な条件で入社できるでしょう。この頃の若者が「匠の技を会得したい」なんと考えるでしょうか。周辺諸国の若者のように製造現場を嫌う風潮になると予想します。これは日本に限ったことではなく、韓国においても同じような問題が予想されます。

 資源の無い日本や韓国でモノづくりが低迷すれば国家の沈没を意味します。魅力のある中小製造業はいかにあるべきとかを産学官共同で研究したり、モノづくりの大切さや素晴らしさをインターシップなど頻繁に行ったり、教育現場でモノづくりの素晴らしさを"宣伝"していただきたいものです。

 韓国の国立ソウル産業大学では、20年前に金型設計学科が出来ました。周辺諸国でも多くの金型を学べる学校があります。アジア各国には日本からODAで援助した学校もあります。このことは各国の政官が金型の重要性を以前から認識をしていたということです。残念ながら最近まで、日本政府にはモノづくりの重要性などに対する認識は希薄であったし、むしろマスコミからは3K(きつい・汚い・危険)などと言われ、陽の目を見ない産業でした。
製造業が順調に発展するための手段、方法として、韓国や周辺諸国の良い手本がたくさんあり、日本も見習うべきところが多いのです。