1996年1月10日 中部経済新聞 
 

中京大学教授 小川英次

(はじめに)

技術のマネイジメントが今日ほど重要と考えられる時代はほかにありません。その理由を考えてみると、ひとつは科学技術の著しい進歩があります。特に最近の情報ネットワークの活用は、話題の焦点になっています。しかし日本にとって重大な要因は円高です。
現在のところ1ドル105円前後で目先円安が進んでいますが、日本企業のリストラクチャリングが進むと、また円高の動きが出てくるかもしれません。

したがって日本にある製造業の多くが、海外に工場を持つようになりました。そのため「国内空洞化」の恐れを説く人が増えてきました。「もの造り」は日本で可能かと、その将来を危ぶむ意見もこのところ勢いを増すかに見えます。しかし私は、海外と日本の「もの造り」のすみわけが可能だと思っています。

今回は、技術の先進化を続ける四日市市の伊藤製作所と、ようやく本格的な立ち直りを見せる工作機械大手のオークマを取り上げてみたいと思います。伊藤製作所は漁網機械の生産から始まってプレス金型、プレス成形に従事する技術集約的中小企業です。

 

人材意欲と創意工夫を

『伊藤製作所の技術革新』

伊藤製作所の歴史はそのまま技術の歴史と言ってよいものです。1945年に漁網機械、撚糸機械部品の製作からスタートしましたが、1963年には順送りプレス金型の設計、製作に乗り出しました。1975年には全員参加のQCサークル活動を開始、1979年からは工場自動化へ踏み出します。まずNCフライス盤、ワイヤカット機の導入でした。次いで自動プログラム機、マシニングセンターが入りました。

1983年になるとCAD/CAMシステムが導入され、CAD/CAMの能力アップに全力を投入、いまでは高い競争力を備えた自動設計システムを外部に売る事さえ可能になりました。1991年にはこの仕事を会社から分離独立させ、株式会社イートンと名付けました。

その事業内容は、順送り金型の図面、NC機械の加工データ販売、出張による技術支援、ダイセットの加工などとなっています。海外にもその事業は拡大しつつあります。同社の伊藤澄夫社長は1ドル100円でも十分日本で競争できるプレス部品を製造しています。社長の頭にはいつもアジア各国の作業者の賃金と、日本の従業員の賃金差が焼きついています。日本で働く人の賃金がアジアの10倍であれば、生産性を10倍とするよう高度の生産システムを作り上げるべきだと考え、これを実現しています。作業者一人で3台のプレス機を担当、各プレス機から信じられないほどの高速で部品が出てきます。金型生産では、夜間無人加工が当たり前になっています。

伊藤製作所は従業員65名ですが、高度機械化、コンピュータ・ソフト化によって高い生産性をあげています。そのルーツは、自動化、情報ソフト化する以前に、全員QCサークル活動を開始、組織革新を進めた事にあります。技術に生きる為には、人材の意欲と創意工夫が基本となります。それが自動化を生かし、情報ソフト化を有効なものとします。さらに付言したいことは、同社の金型製作に当たってのCAD/CAMデータ作成には女性があたっていることであり、性差別のない職場がそこにありました。社長の哲学が感じられます。

今回訪れた伊藤製作所は、高賃金国日本の中でも「もの造り」を続ける事の出来る可能性を示してくれました。日本の「もの造り」企業が、この技術バランスを創造破壊的に創(つく)り出し続ける限り、日本の工業はなお安泰だといえます。技術のマネイジメントのポイントは、この新しい技術バランスの発見と提案にあります。そのためにも人材の確保・育成に注力する必要性は高いのです。