1997年7月号 日系ベンチャー 
 

「アジアの病人」といわれたフィリピンが、今やアジアのトップクラスの成長株に変身した。魅力は有能な人材が豊富な事。中小企業にとっても「現実的」な進出候補地になっている。

「フィリピンは治安が悪いと聞くけど大丈夫なのかい―」。
友人、取引先は口をそろえて伊藤製作所の伊藤澄夫社長に(55)にこう尋ねる。同社は自動車部品や、電気製品の金型を製作する中小企業。昨年、マニラに合弁会社を設立、今年7月から工場を稼動させる。

伊藤社長はこう答える。「恐いです。銃を撃つ練習をしました。おかげで300メートル先を動くネズミも撃てます」。
もちろん冗談。だが、伊藤社長がわざとこんな言い方をするのも、「出来ればこのまま他の企業にきてもらいたくない」から。「今ならうちのような中小企業が躍進するチャンスがあるんです」。半分は本心のようだ。

東南アジアの中心に位置し、成田から4時間の距離にあるフィリピン。人口約7200万人。庶民でも英語が通じる事から、昔から有力な進出先だった。だが、80年代の政情不安、外国企業を狙ったゲリラ事件の多発、電力不足などで、企業から敬遠されていた。

しかし、92年にラモス大統領が就任して以降、正常は次第に安定化、積極的な外資優遇策が功を奏し、94年からまず大企業による投資が始まった。投資ブームも3年目に入り、マニラ周辺はバブル経済的な様相さえ呈している。

―タイよりチャンスあり―

伊藤製作所の話の戻ろう。金型製作のように蓄積技術が物を言う分野なら日本国内でまだ戦える。今期決算では売上高15億5000万円、経常利益1億円と過去最高の利益を上げた。だが、取引先の自動車、弱電メーカーは為替水準に関係なく消費地に近い場所で商品を生産していく。現地での部品調達率を上げていくのが世の流れだ。

当初、タイへの進出を考えた。だが、現地に行ってみると「時既に遅し」。日系企業は出揃っており、進出用地を探しても採算が取れそうなのは市街から1〜2時間以上離れた場所しかない。そこで、目に付けたのがフィリピン。現地では大手の系列ではなく、独立系企業の進出を望む声が強かった。

大手の傘下ではなく独自に進出すれば、系列を超えた複数のメーカーと取引できるのが魅力。
中小企業の進出では、真っ先に中国が上げられる。96年までに1万社以上が進出している。しかし、言葉、商習慣の違いで苦労する企業が少なくない。

97年の経済成長率は前年比7.8%増しとアジアでもトップクラスの成長を見込んでいる。ただ、今の成長は外国企業の投資と海外に住む高所得者層、出稼ぎ労働者の送金が原動力。国内産業の力を示すものではなく、安定しているとは言いがたい。だが、人材の供給余力はある。

ヒトを生かす経営が出来れば、中小企業が飛躍する材料がフィリピンには充分にある。

                        (瀬田明秀)