1992年10月号 プレス技術 
 

伊藤製作所 代表取締役 伊藤澄夫氏  VS 
          INTERVIEWER 吉田技術研究所 吉田弘美氏

吉田 御社は金型メーカーからスタートされて、現在はプレス加工まで手を広げられていますね。

伊藤 はい、現在は、順送り金型の設計・製作と主に自動車関連部品のプレス加工を行っています。付加価値ベースで金型とプレスの比率は4:6ほどです。

吉田 御社の沿革は?とくに金型、プレス加工を始められた動機をお聞かせください。

伊藤 当社は1945年の創業で、もともと漁網機械の真ちゅう鋳物を手掛けていたのですが、先代社長・伊藤正一がある家電関連の工場見学に行ったところ、「プレスというのは製品が下に落ちると思っていたのが、スクラップを下に落としていた」というのです。順送り金型のことですね。

当時はプレスのことはほとんどわからなかったのですが、スクラップを下に落とす金型は絶対に合理化につながるということで、1964年に工場を新設し、放電加工機や成形研磨などの機械設備を一通り揃えて、本格的に順送り金型の設計・製作を始めました。何も分からない状態でのスタートでした。

一方、プレス部門は、1996年に自動プレス1台をテスト用として導入したのがスタートとなります。そして、小物部品のプレス加工を始めたところ順調に利益は上がりまして、これはおもしろいということで一台一台増えてきました。

吉田 金型は初めから順送金型を手掛けられたのですね。

伊藤 そうです。経験はもちろんありませんし、当時は参考書も全くありませんでしたから、苦労しましたね。
いったんは安いけれど手離れがいいということで、単発型にシフトしようとしたこともありましたが、先代の反対もあり順送金型にこだわりまして、それでも5年目ぐらいで採算が取れるようになりました。当時は長い5年間でしたが、いまから考えるとゼロから手探りで始めた割には順調なペースで伸びてきたと思います。

▲ まずNCフライス盤を導入▲

吉田 その後、飛躍のきっかけになったのはNC工作機と自動プロの導入でしょうか。

伊藤 NC工作機としては1979年にNCフライス盤を導入したのが最初です。ほかの金型メーカーとは異なったスタートだったと思います。一般的にはNCフライスやマシニングよりは、ワイヤ放電加工機を最初に導入されるところが多かったですからね。

でも、当社がNCフライスを最初に入れたのは理由がありました。
当時のワイヤカットは1分間に0.5ミリ程度しか加工出来ませんでしたから、コスト的には研磨の方が有利でしたし、研削技術を持った社員が当時は9人もいましたし。

NCフライスであればストリッパーの段落しも可能で、楕円形パンチも短時間で加工でき、真空焼入れすれば充分に使い物になる。などの利点に注目したのです。

どちらがいいのかは考え方によって変わってくると思いますが、ただ、最初にNCフライスを導入してよかったと思う点があります。というのは、導入時に資金が足らなかったので、テープパンチャーだけを入れ、自動プロは無い状態でスタートしましたから、機械を動かす為のプログラムはすべて手書きで行なわなければならなかったのです。そこで、まず担当者を決め、プログラミング言語をマスターしてもらって、そのものが講師になって、設計から現場の社員までNCフライスのプログラムができるように社内勉強会を開きました。

いま考えると、こうした経験のお陰で、現在、自社に合ったCAD/CAMシステムを選ぶ目を養う事ができたのではないかと思います。

吉田 その当時は何て煩わしい事をやっているのだろうと思われたかもしれませんが、投資効果は大きかったと。

伊藤 はい、確かにその後、MCもすぐに使いこなす事ができましたし、CADで設計したらすぐにCAMにデータを渡す事ができました。
設計時間を幾ら短くしても、加工が合理化できていないことには利益が出せないという考え方をもっていますので、そういった面ではNCフライスを最初に入れて正解だったと思います。

吉田 標準化もNC時代になって、パターン化ではなくてルールを決めるというフレキシブルなものでないと通用しなくなっていますね。

伊藤 さらに、このシステムの導入で時間短縮だけでなく設計ミス(人為的ミス)を原因とする不良の発生を防げますから、ユーザーへの信用や、不良品が出た場合のコストを考慮すれば効果は大きいですよ。

▲ MCのツール収容本数が大事▲

吉田 設計時間が早くなっても、加工面が充実しないと金型製作の短縮にはつながりませんが。

伊藤 はい、当社では工作機を24時間フル稼働することで納期の短縮、採算性の向上に努めています。私自身は生産設備の中で納期の短縮には、MCがいちばん大切だと考えています。なかでも重要なのがツールチェンジャー(TAC)のツール収容本数。

さまざまなユーザーの注文に対応していく為には、最低120本は欲しい。「20本、40本でもややこしいのに120本になればもっとややこしいだろう」という声を聞きますが、それは間違い。

吉田 そう、全く逆。

伊藤 ツールリストを見てリストにある範囲の工具で入力すればいいわけだから、必要なツールが無くてどうしようかと考える負担の方が大きい。確かに設備を購入するときには価格やスペースの問題はありますが、夜間無人運転などができることを考慮すれば投資金額については数ヵ月で元を取り戻せますよ。

吉田 特に穴加工の多いものは、専用ツールをたくさん必要としますからね。

伊藤 それと精度の問題ですが、一般にMCとワイヤカットでは、ワイヤカットの方が精度が良いとされています。しかし両方の機械にわたって加工する場合、芯出しをやり直さなければなりませんから、ワンクランプですべてMC加工したほうがトータル誤差は少ないですね。MCでも10μ以上の誤差は出ません。

部品精度や製品の板厚によりますが、コスト低減と納期を早くするため加工工程の多くを極力MCで加工するようにしています。自動設計システムをはじめ、こうした短納期生産システムで、現在、順送り金型を1週間で完成させているわけです。

▲ 工場見学会に希望者が殺到▲

吉田 昨年11月に関連会社「イートン」を設立されていますが、設立目的と業務内容は。

伊藤 伊藤製作所の金型設計を行なっていた技術部を分離・独立した会社で、設計部門と製作部門の棲み分けを図るのが狙いです。イートンでは先ほどの自動設計システムを利用した金型設計を行い、伊藤製作所でダイセットや各種プレートの加工を行なうわけです。

また、当社の設備を利用して短納期生産システムのアシストや、CADを購入したけど使いこなせないとか、CADデータをうまく加工データに落とせないなどといったときのエンジニアリングのサポートも行ないます。

吉田 イートン主催の自動設計システム、短納期生産システムの工場見学会・セミナーは盛況のようですね。しかし、一般に金型メーカーは閉鎖的ですが、御社は外部に対してオープンですね。

伊藤 基本的には、外部の方にもドンドン見学して頂いて、逆にこちらも勉強させていただき、共に成長していければと考えています。今後ライバルは日本でなく海外の金型屋になりますよ。技術はギブ&テイクが良いでしょう。ただ、あまりにも見学希望者が絶えなかったものですから、業務的に影響が出ますし、整理しきれずやむなく有料でお願いしている次第です。
それともう一つ、有料で公開する限りは、それに見合う価値がある技術を常に追求していかなければならないという、社員の自己啓発にもなるんですね。

吉田 なるほど、次に何を狙うのかと言った上昇志向につながるというわけですね。