報 告 書 
 

                                     株式会社 伊藤製作所
                       代表取締役 伊藤澄夫
e-mail : sito@itoseisakusho.co.jp
URL http://www.itoseisakusho.co.jp/

わが国経済は立ち直れるのだろうか。若者に、「アジア経済が、日本を先頭に羽ばたく雁の群れ(雁行型)にイメージされていた」「21世紀は日本の時代、発展の勢いは止まらない」など、世界の羨望の的だったと話しても信じようとしない。彼らには「失われた10年」「世界経済の足を引っ張る」「就職難」が現実の日本の姿なのである。

かつて日本は世界を相手に人類として絶対にやってはいけないこと(戦争)をしてしまいました。良し悪しは別にして、始めたからには勝たなくてならない。どうしてあれほど士気が高かった日本が短期間で敗戦に追い込まれたのか。時の資料に目を通しますと、資源の乏しさや国力の弱さもさることながら、情報収集の弱さが最大の敗因であると指摘されています。ミッドウエー海戦、インパール作戦やレイテ沖海戦の大敗はその最たるものでした。

私は経済であれスポーツであれ、同じ努力をして相手より優位に立つためには常に的確な情報をいち早く取ることが大切などは言うに及ばず、歴史の事実を学びそれを教訓にしなければならないと考えています。では、過去にも現在も、日本国内で正しく、豊富な情報が受発信されているかというと、残念ながらNOです。もっとも影響力のあるテレビからためになる情報としての放送はきわめて稀であるといえます。

海外はどうだろうか。各国はCNNを始め多くのメディア・TVから世界のニュースが一日中流れています。同時通訳などで日本でも放映されていますが、常に発信する国側に有利な内容になっていることを理解していなければなりません。
昨今、日本経済は、打つ手に欠け、追い上げてくる諸外国をただ傍観している状態と言っては過言ではありません。大小問わず企業が危機的状況に直面しているなか、政治の貧困さには目を覆います。いつになったら新聞のトップニュースから利権争いや党利党略の醜い記事が消えるのでしょうか。

いずれにしても、世界第2の経済力を持つ日本の経済危機が今後も続けば、アジア各国にも悪い影響を与えます。国益を守りつつ、世界の諸事情を考慮した全方位にわたる方針や政策を世界に発信する必要があります。中小企業の我々が日本で大した情報を取れるとは思えませんが、日ごろからできる限りの情報収集のアンテナを張り、分析力を養うことに努力しなくてはならないことはいうまでもありません。このたびのレポートと論文が日本の将来や海外事情に興味がある学生、社会人を問わずたとえ一部の皆様であろうと、1ページでも参考になることがあればうれしく思います。

中国に初の調査団  
日本金型工業会(上田勝弘会長)は3月3日から9日までの日程で、中国に金型産業実態調査団(上田勝弘団長)を派遣する。工業会としても初の試みとなるが、あえて仕事の海外シフト先ナンバー1の中国を訪問する事で、成長著しい中国金型産業の現状を把握する一方、国際競争力の回復に向けた国内金型産業の今後のあり方を探る。
今回の調査団は経済産業省の「金型産業の中国・アセアン地域における協調のあり方に関する調査」の一環として実施する。会員金型製造業者を中心に24人が参加。プラスチック金型、プレス金型、ユーザーの3調査班に分かれ、天津市、寧波市、上海市などの中国企業および進出日系企業を視察する。プラスチックおよびプレス金型調査班は中国金型企業を中心に訪問。金型事業をはじめた動機、CAD/CAM,機械設備、人材などを含めた技術的課題、経済的な問題など、経営者の意識を調べる。
一方、ユーザー調査班は進出日系企業を対象に調査し、日中両金型企業に対するニーズ把握とODAを含む今後の技術協力のあり方を探る。訪問先は天津市のトヨタ自動車、上海地区のソニー上海、日立上海、杭州松下電器など。具体的に金型の調達比率、調達基準、価格差、品質、治工具の調達、メンテナンス、知的所有権の考え方―などに関する現状と今後の方針についてヒアリングする。
とりわけ大手メーカーによる金型の現地調達比率の高まり、仕事の中国シフトが国内中小金型企業の経営に大きな影響を及ぼしている時だけに、進出企業からの受注確保対策、日本ならではの優位性のある金型づくりが当面の課題。さらに中国金型業界の技術レベルが高まる中、日本の対中技術開発協力のスタイルや中国企業との分業も新たな検討課題として浮上してきた。

(日刊工業新聞3月1日 13面全文)



 目        次 
はじめに 日本の金型企業の海外進出
中国金型事情の実態 終わりに

(1)中国の技術力と日本の製造業の行方

【参考資料】海外視察報告書

(2)中国の経営者意識

(1)タイ・バンコク

(3)設備状況

(2)シンセン・テクノセンター

(4)金型設計

(3)フィリピン

(5)価格・購買

(4)当社の合弁会社の状況
(6)日本への要請 (5)カーメルレイU

 


はじめに


このたび経済産業省からご支援を頂き、日本金型工業会会員から調査団員に選ばれ天津と上海を訪問し調査をしました。上記のように前もって趣旨を伺っていたため責任の重い海外視察となりました。

昨年はアジア各国に7回と中国のチンタオ(青島)を訪問しました。今年に入りタイ、香港、シンセン、マニラとセブを訪問しましたが、私なりに各国の実情を得ましたのでご報告をいたします。
昨年から数え中国で金型企業を合計19社訪問し、それぞれの都市で様々な情報を得る機会を持ちました。しかし、広大な中国に於いて、たった十数社訪問した事で中国の金型産業の実態を正確に語る事は出来ないかも知れませんが、当社の金型部門の歩んだ40年を絡み合わせて考察しました。日本の金型企業がどうあるべきかなどに少なからず参考になる情報は得られたと考えています。

昨今、日本の金型企業の生き残りや空洞化、海外進出するにあたり中国をなくして語る事が出来ないとされています。又、他のアジア諸国との関連も比較・参考しながら調査をしました。
(報告の中にはアジアジャーナリスト・松田健氏の情報も随所に入れさせていただきました。)
一)マスコミや専門家が言うように金型技術が本当に日本に追いついてきたのか?
一)将来の中国のマーケットはそれ程期待できるのか?
一)賃金の安いこの国に生産拠点のシフトが止まらないのか?
一)金型企業は国内だけではなく、海外に進出しなくては生き残れないのか?
などを特に焦点をあわせ調査した事をご報告致します。


中国金型企業の実態



(1)中国の技術力と日本の製造業の行方


1960年代、我が国では大手製造業の発展の恩恵を受け、竹の子のように多くの金型メーカーが設立されました。当時の金型づくりは職人が幅を利かせ、それぞれに合った簡単な道具と汎用機を器用に使い、現場でフリーハンドの図面を描き、多くの工程を各人が受け持ち金型を製作していました。一人前の  技術者になるのに10年以上もかかった時代でした。職人が何人いるかが金型メーカーの生産能力であった時代でした。

80年代に入るとそれまでに各社はそれなりの利益をあげ剰余金が増加しCAD/CAM, NCフライス、ワイヤ放電、NC放電、NCジググラインダー、マシニングセンターと次々に導入をしてきました。私はこの頃が金型製作の転機と近代化であると考えています。次第に新鋭の設備を使いこなし合理化が進むと同時に、職人にとって思っても見ない事態(プライドに傷)が発生しました。
それまでは何千工程もかけて製作していた金型製作の工程をCNCマシンがその加工工程の大半をカバーできるようになったのです。新卒の社員が大先輩よりはるかに早く、精度のよい金型部品をほぼ無人で加工できるようになってきました。

十数年も昔の話ですが、「大手得意先が金型を内製する」と言う話があちこちで聞かれ、金型屋がおびえていた時期がありました。
何故おびえたのか・・従来は、長年教育をして技術者を育てなければならなかったこともありそれなりに自信を持っていました。しかし、資金力のある大手企業が新鋭の機械を導入すれば殆どの工程が短期間の教育で、金型は以外と簡単に出来るのではないか。・・と考えたのです。
金型製作の入り口・すなわち設計と出口・トライ後の修正と調整をどのようにやればよいかが判断できる技術者が若干名いればよいのです。中身となる加工工程は1〜2年経験者で充分こなせるようになったからです。心配していた大手企業の内製はそれ以上進みませんでした。採算が合わないからでしょう。

前置きが長くなりましたが、現在中国が急速に金型技術の力をつけているという見方は、一つには上記の理由からだと考えています。殆どの加工工程は見た目には日本の金型屋と同じように稼動していますから、我々は彼らを実力以上に評価しているのではないでしょうか。
しかし、現在相当高いレベルの金型が中国で製作できるようになった事は認めなければなりません。だが全く新しい超精密・多工程・複雑な形状の製品は、今もなお日本や先進金型生産国から輸入しています。                  
現在、アジア各国と中国の金型技術の共通点を一言でいいますと、どの国もプラスチック金型製作技術が進んでいます。自動車の大型プレス金型や順送り金型が遅れているといわれています。それと、中国では自動車産業が現在までは余り活発でなく、需要が少なかったのもその理由かもしれません。
ここで日本の金型メーカーにとって問題になるのは、例えば中国が不得意といわれている工程数が多く複雑な順送り金型を日本から輸出するとします。発注先との力加減もありどうしても金型の設計図面を提出しなければ受注ができません。従って以後同じ金型、類似金型の製作にあたっては、その設計図が大変参考になり以後現地で製作を容易にします。既に高精度の設備を持つ金型企業が多く存在するからです。(図面があれば簡単に真似されるようでは、たいした金型でないという見方もあります)

しかも、日本の金型企業にとって更に不利な点は、進出している大手得意先が安価な金型を購入したい理由で日系・外資系を問わず"現地調達比率"のアップを合言葉に、現地企業で製作できるよう熱心に支援をしています。そして、どこの国の駐在員でもその国で手配した金型が日本以上の品質になるよう、一緒になって努力しています。極端な言い方をしますと、現地の安い金型でよい製品ができる事を手柄のように考えているようです。駐在者としては当然の責任と使命ですし、大手製造業とて利益目標があり、ライバル会社との競争があるから当然の経済行為なのです。
我々と別のグループ"ユーザー調査班"は、全日程がストレスのたまりそうな気の毒な企業訪問となったそうです。「金型は現地で全て賄える」とか、「いまごろ何しに来たの」「日本の金型は高くて話にならない」など各社の応対も冷たいものであったと言います。

この度、最後に訪問した上海のS社の社長は、中国の金型技術は日本より20.〜25年遅れていると考えています。日本の平均的な金型屋より進んだ企業もあるし、30年以上の差の企業もあり一言では 語れません。
日中の金型技術の差が精神衛生上多めにみて仮に30年としましょう。我々金型企業の30年前を思い出すと、得意先から当時としてはかつて経験した事もない高精度で複雑な形状の新製品を受注しても、全社をあげて研究・努力、模索しながら納期通りよい製品を加工できる金型を製作してきました。当時は何の参考書もなく、設備は貧弱で、海外から教えてもらう事も無かったのです。
現在、アジア諸国や中国の"平均的な金型メーカー"が30年前の我々のレベルと同じように彼らだけで出来るか? 答えはNOでしょう。やはり日本人は物づくり、金型づくりのDNAを世界に誇ってもよいのではないでしょうか。そして、私は島国独特の良きチームワークの成果と考えています。
しかし、ここで我々がどうしても認識しなければならないことは、もし現在30年の差があっても、追いつかれるのに30年かかるという意味ではありません。
近隣に良い手本の企業やコンサルタントがいます。ローカルや外資系の大手企業では、高賃金にも  拘らず日本人の金型技術者を必ず雇っています。合弁会社では本国の技術を現地企業に移転すべく真剣に進めています。参考になる図面があり、高精度の工作機が既に揃っている現在、その差をなくすのに(追いつかれるのに)5年か10年であっても全然おかしくありません。但し、中国への進出の早かったI.T.や家電についてはかなりのレベルにあると言われています。

日本では経営者や会社には金が残らない税法になっていますが、台湾は違います。
台湾の金型企業の経営者は恐るべき資金力にものを言わせ、我々がとても真似ができない多額の投資を中国各地で行っています。例えば、日本製のワイヤカット、放電加工機、マシンニングセンター、プレス、研削盤等を数百台の単位で長期に計画的な発注をしています。既に放電加工機(ワイヤカット含む)だけで、800台以上保有する企業が華南省にあります。もし、違っていたら申し訳ありませんが、日本の大手でも放電加工機は50台程度ではないでしょうか。
今後も生産能力のアップは止まりそうにありません。6年間で社員が2000人になった金型企業もあるそうです。更に恐るべき事に、プラスチック金型を一日に20〜30型製作しているメーカーも数社存在すると言われています。
まるで今まで日本の後塵を拝していた台湾の金型企業は、成長する中国を利用して一気に日本を追い越そうと考えているかのようです。従って、台湾の空洞化は日本のそれ以上の問題となっているそうです。既に優秀な技術を持つ台湾企業の積極的な中国への進出が、日本との技術の差を一気になくす可能性が大であります。しかも文化や言葉が同胞同士であることを忘れてはいけません。又、今やアジアや中国に進出している勤勉な韓国系金型企業も既に日系進出企業の強敵となっています。
今後も、近隣の技術所有国の情報を取り、次の手段を考えなければなりません。

アジアや中国で、今や日本の技術や金型製作に追いついた。自動車や家電を製造するのがアジア各国より20年早かっただけだ。・・と言われていることに反論します。
日本は70年近い昔に世界で例のない7万トンを越える当時世界最強の軍艦を造船しました。造船とは幅広いすそ野産業の技術も無ければ製造できません。主力砲塔を回す、4メートル以上あると思われる大型ギヤを例に取るだけでも、当時としては世界でも想像を絶する加工技術であったはずです。口径が45cmの主砲の鋳造技術、砲弾の飛距離と破壊力は当時世界で無類の技術でした。
又、日本の全ての主要都市が焼け野が原になったにも拘らず、戦後僅か19年目に当時世界一の新幹線を走らせました。しかも、全ての運行をコンピュータで管理されるシステムを作り上げたのです。そのお陰で38年経過した現在まで死亡事故は起きていません。
これらの国では現在でも外国の技術協力なくしてこのような物はできません。

数え切れない栄光の日本独自の技術といえる近代歴史の中で、たった2例を見ただけでも素晴らしいし、現在も日本の大手製造業は世界の技術に関する知的所有権の多くを抑えていると言われています。 
又、環境に優しく燃費の良さを誇るハイブリッド・エンジンでは世界で競争相手が見つからないほどリードしていると言われています。以上のような理由で、日本の製造業がこのまま世界の二流の技術国になる事は常識的には考えにくいと思います。もしそうなるとすれば、製造業の技量低下や怠慢と言うより外部要因としか考えられません。外部要因とは近年マスコミで取り上げられているし、恥かしくも海外からも盛んに指摘されている多くの国内問題そのものであります。

些細な話かも知れませんが、日本中がバブル経済で調子に乗りすぎていた時期に財テクに走り、マスコミは既に先端を走っていた世界に誇れる新鋭工場であろうと3Kと言いふらしていました。汚く、危険できつい製造業では上品で優秀な人間の働く職場ではないと言われた時期もありました。生産技術のイロハも理解できない者に、反論する気にもなれなかったのです。日本が戦後から僅か20余年で何故、世界の一等国といわれるまで発展したかの理由をよく勉強していただきたいものです。
教育現場にも国賊のような教師がいました。工場実習した中学生の先生が、翌日教室で「君達は勉強が出来なければ、あのような汚い、危険な職場で働かなければいけないのだぞ」と実際耳にしました。近年教育者の指導能力に関してよく話題になりますが、このような事ではないでしょうか。
国を上げて金型技術を奨励している周辺国家と違い、良い人材が集まらなかったことも事実でした。

マスコミといえば、先日日本に滞在する中国の知人が、日本の報道に苦情を言っていました。
「飛行機事故や、スイスのトンネル火災、テロによる貿易センター事件など多くの犠牲者が出たとき、どうして新聞やテレビは、毎日日本人の被害者だけしか報道しないのですか?アメリカ人はもちろん 各国の皆さんの犠牲については、殆ど知らせません。いまやネットで正しい情報を取れるから良いものの、先進国とは到底思えません」「しかも、遺族の方々がインタビューを受けたくない様子にも拘らず、自宅まで大勢のプレスが押しかけ"今のお気持ちは?"とマイクを向けています。異常な国ですね?」と訴えていました。近年、多くの国民が「最近のテレビはくだらない番組ばかりで、見るチャンネルが無い」と言っている声をTV業界の耳に届いて欲しいものです。

今や日本はタイタニックではないが、海外のその筋からも真剣に心配を頂いているように、まさに沈没の危機に立たされていると表現しても過言ではありません。この大切な時期に、新聞の一面から連日政治家同士が足の引っ張り合いをしている醜い記事がいつになったら無くなるのでしょう。これには 海外のメディアCNNなどが、日本人として赤面したくなるような批判的な報道をしています。
政治家には長年続いている利権争いや、他党の欠点の攻撃など一時休戦してでも、現在日本のおかれた状況の深刻さを認識して直ちに善処できる手を打っていただきたく思います。

国家であれ企業であれ、絶好調の時期の感覚で金を使う事を生きがいにしていては間違いなく破産します。金を使わない、借金を返す工夫をしなければいけない事は論を待ちません。税を上げることで解決することは、成長期しか出来ないのです。唯一、3年や5年先まで工夫しているのは厚生年金を減額すると言った芸の無いものです。退職給与引当金もなくす方向で検討しているようです。もっと巨額で不必要な予算の削減や、議員さんや各省の不正を無くし、モラルを上げることが先に来るべきです。
利益を出す事や、税を払うことがいかに大変なことかを理解していない連中が、税金を不正に湯水のように使うことなどニュースにもなりません。まるで三流国家のリーダーではないかと思われるような信じられないモラルの低下がエスカレートしています。不正な税の使われ方を知り、優良企業ですら税金を払う意欲が低下している現実を知っていただきたいものです。

政治家や官僚とはいえ、自主的に不要な同僚をリストラし、給与を削減してでも国を守るといった責任感のある気鋭のリーダー(真の政治家)の出現を心待ちにしている国民が増えています。
同じ日本人である企業の経営トップは立派にやれているのです。企業であれば赤字が出る業績のとき、最初に不必要な経費を極限まで切り詰め、次に経営トップの給与を引き下げ、社員の給与に手をつける事は最後におこないます。会社が赤字であるのに不要なものを購入したり、不正をはたらくなんて考えられないことです。私個人ではどうしょうもありませんが、次世代の若者のことを思うにつけ、多くの政治家の腐敗ぶりを案じています。選挙民としてしっかりした制球眼を持つしか方法はありません。

平成に入った頃より私は日本が空洞化した大きい理由の一つは、専門誌に数回寄稿していますが、国が時短の奨励をした事と言い続けています。日本がどうあるべきか、日本だけにしか目を向けられない、海外の強さや恐さを理解できない人達の発想で進められた時短が、将来こうなると読めていただけに残念であります。結果論でありません。私は時短の講習会の場で、「時短でコストが更に上昇して空洞化に拍車がかかり、将来新卒者ですら就職が出来ない事態(不景気)になったら、あなた方は責任を持てますか?」と問いかけました。答えは「日本は現在まで右肩上がりで成長しています。統計学上日本がそのような事になる訳がありません。」でした。この考え方を海外の人が知れば、日本人の傲慢と言うでしょう。
私も人が悪いので、更に時短の目的は何ですか?と訪ねたところ、「中小製造業が良い人材を採用したければ時短をしなければならない」多くの出席者はあいた口がふさがらない思いをしました。社会人になる前から時短を条件にする者は良い人材と思いません。良い人材とは社会人になってから時短をしても 利益の出る会社になるように仕事が出来る人のことを言います。

時短とは時間当たりの単価が高くなる事です。合理化がされてない零細企業にまで時短を強いる事は、売値を上げなくてはなりません。又、近年失業率を下げるためなのか、ワークシェアリングが論じられていますが、無理でしょう。コストを上げないためには退職金、社会保険、賞与、有給休暇まで同率で下げなくてはいけないのです。この方法にやる気のある正規社員から指示は得られませんし、本物の技術の習得や継承はそのようなごまかしのやり方でできるものではありません。
円高でただでさえコストが高い日本では世界のコスト競争に勝てず、大手得意先の空洞化がその頃から活発になったことは数字が示しています。一旦出て行った企業や技術が再び帰ることは困難です。だから、何事も大切な事を決める立場にある方々は将来どうなるかをもっと良く研究し、海外事情も調査して決めなければいけないのです。特殊な技術を持った優良企業でさえ、今や年間何百社も廃業や倒産に追い込まれている最大の理由が空洞化なのです。

バブル経済で日本が浮かれ、誤った方向に向かおうとしていた頃、友人である韓国の大企業の技術部部長・K氏が、「伊藤さん円高で大変なのに日本政府は時短を進めていますね、本当にそれで今後も日本が成長を続けていけるなら尊敬します。韓国では最近、金大統領がTVで国民に向かってゴルフにうつつをぬかす時か!もっと働きなさい、と叱咤しました。このごろは周囲の目もありゴルフの練習場すら行きにくい」とこぼしていました。指導者の先見性や理念の違いを羨ましい思いで聞きました。
十数年前ドイツの金型工業会(役人)の幹部は、「時短を国が奨励するものではない。企業が自主的にしたり、ユニオンがやるなら理解できるが」「国家が国民に働くなと命じ、発展した国は歴史上ありますか?」とドイツの反省から日本を心配して助言してくれました。再び日本の製造業が技術で世界をリードするためには、これらの教訓を今後の参考にしなければいけないと思います。
製造業の勤勉さと、時には労働時間を無視した日々の努力により、日本の製造業の強さだけは海外で高い評価を受けていましたが、今では取り返しがつかないくらい酷い状況になってきました。誰が何と言おうと、資源の無い日本や韓国は製造業の活躍なくして国家の繁栄や世界の一等国を維持する事は出来ません。現在多くの中小製造業は霧の中に入り、絶望の危機に立たされているといえます。打つ手も無く西に向かって指をくわえている状態です。
中国の急激な追い上げは上記の通りです。政府は何をおいても国まで破産させないためにも、解決の道を探すために各党が団結してでも国益のために、本腰を入れ解決策を出さねばなりません。手を打つ時間は刻々となくなりつつあります。

他にも具体的に政府に苦情やお願いしたいことは他にも山ほどありますが、ここでは二例だけ厳しい言い回しになりますが、中小企業のためにあえて申し上げます。
@ 過去に毎年多額の法人所得税を払い続けてきた優良企業にはそれなりの剰余金が残ります。それに遠い昔に購入した株や土地の値上がりなどの合計が自社株に評価され、株価は何十倍となります。それに故人の資産を全て合計して後継者の累進課税なる相続税が計算されます。
しかし、会社の剰余金を後継者個人が自由に使える訳がありません。土地の値上がりの恩恵も個人にはありません。剰余金や値上がりした含み資産に対して世代が変わるごとに株価に組み込まれる事を私は二重課税と解釈しています。
会社の資産が個人のものでないことは論じる必要の無いことであり、全社員が働くための"道場"と思っています。このような厳しい累進課税や、日々親の苦労を目の当たりに見ている息子達が後を継ぎたくない話が年々増えていますが、これは当然のことと思います。
先代が無計画なバランスの悪い資産を残し、相続税を払う現金が少なかったため、ある後継者は銀行で大金を借り入れして相続税を払いました。本人は年間3000万円近い所得があっても、30年間全て返済に充てなくてはならないという例もありました。

多分アメリカの成功を見ての発想と思いますが、ベンチャー企業を育成するために、様々な優遇制度がありました。それはそれで素晴らしい事ですが、既に長年、金の卵を産み続けている鳥を見殺しにしていては何もなりません。見殺しにする事は経営者の破産だけではすみません。多くの社員が同時に職を失う事を意味しています。雇用の機会や税収など考慮すれば、オンリーワン企業だけが生き残るだけでなく、多くの企業が存続しなければ国家の維持は出来ません。

A 社員には退職給与引当金があります。(10年後にはそれも怪しくなっているようだが)中小企業の経営者にはありません。過去に法人・個人合わせて何十億の税を払ってきた社長でも、退職する年度が赤字であれば一銭も受け取れない可能性もあります。無理に退職金を取れば赤字が増加して倒産につながります。一方、大手企業や銀行では何百億の赤字決算をしても、経営トップの退職時には何億円もの退職金が支払われるケースもありました。
更に厳しい事に、中小企業の経営者は銀行などの借り入れには必ず個人保証をしますし、第三者にも頼む場合もあります。経営に失敗すれば、第三者共々根こそぎ個人資産を没収されることになります。まさに命がけなのです。韓国や諸外国でこのような厳しい個人の保証制度はあまり無いと言われています。
このように中小企業の経営者だけに特に厳しい税法のため、ある程度食べていける金があれば会社を閉めたい、親父の後を継ぎたくない。又、グローバル化した今日、力のある個人や企業が税金の安い海外へ逃亡しようと考える者が増える事などは止めようのない自然の流れです。
真面目に働き、能力のある技術者や企業家が将来少しでも夢を持てるような国家にしていただきたいものですが、近い将来新税法では財産税なる名目で個人、企業に大幅な税がかかる事になりそうです。
中国の技術的成長の対策を述べなければいけない時に、上記の国のさまざまな国内問題点を取りあげたのは、製造業の環境の厳しさは中国の技術の進歩よりはるかに頭の痛い問題だからです。


目次に戻る


(2)中国の経営者意識


プレス調査班が最終日の前日に訪問した無錫市の国営の金型メーカーは、20年前に見た国営企業のマズサそのものが残っていました。技術力は無く合理化・改善の意識もみられず、5Sも出来ていません。反面、この企業には分不相応と思われる高性能金型製作の工作機が導入されていました。最新鋭機械を導入すれば高度な金型が出来ると思っているようでした。これが中国の平均企業であれば、日本の金型屋は当分の間優位が保てます。
しかし、実際は違っていました。この金型屋が特別に遅れているのであって、訪問した多くの国営企業は立派な工場管理がなされ、日々の合理化、改善提案も熱心になされていました。10年前に訪問した国営企業とは全くさま変わりしていました。
パスコン社というリードフレーム金型を製作できる優秀な会社を訪問しましたが、ここはシンガポール系の企業と中国国営の資本での合弁会社でした。
この会社の社長は香港とシンガポールで技術と経営を学んでいます。礼儀正しく我々の訪問を心より喜び、敬意を表してくれました。「予定をキャンセルして楽しみにお待ちしていた」と言っていました。彼らは日本から技術を学びたい、合弁をしたいと熱心に訴えられました。この若い社長の考え方を聞き感心すると共に脅威すら感じました。その一例を紹介します。

【社員が辞めない為に】
イ)会社の将来方針を説明する。
ロ)経営者の姿勢を見せる。(社員の手本となるような) 
ハ)将来の給与を説明する。
ニ)スタッフへの気配り。
ホ) 働きながら自分が成長しているという意識付け。常に教育・訓練もする。
上下関係の厳しいアジア諸国では、従来労働者は経営者が利益を出すための道具と考えられているのが普通であるのに素晴らしい経営感覚と言えます。特に金型製作など技術習得するのに年季のかかるビジネスでは最高の人事管理といえます。
このように世界中の中国人が各国で学んだ技術や知識、経営学をこの国(祖国)に持ち込む事は、近い将来生産大国になるための大きな強みであることは間違いありません。又、何万人とも言われる各国から帰国する万を超える留学生の活躍も中国にとって心強いでしょう。

目次に戻る


(3)設備状況


やはり金型企業の要になる機械は日本製でした。しかし、年々自国製や台湾製、韓国製の性能が向上し、価格も安くそれらの機械が増加の傾向にあります。
高度な金型を作るために、日本の高性能の工作機が多数導入されていますが、その割にはプレス機械が全体的に日本の中古機・韓国・台湾製などお粗末な物でした。
プレス機を高性能なものにすれば品質も良くなり、高価な金型の寿命が長くなる事を知っているのかについては、質問をしないほうが日本のために良いと考え、しませんでした。
高速プレスは日本から数多く輸出されていると聞いていたため、ぜひ見たかったが我々の訪問先では残念ながら見られませんでした。
SHANGHAI OGIHARAはさすが世界でもトップの会社だけに、設備は日本と同じレベルでした。稼動にはいって7ヶ月と言っていましたが、人件費が幾ら安いといえ償却費比率の高い大物金型メーカーはローカルスタッフが技術を覚えるまでは資金的に大変苦しいと思われます。そのため得意先には暫らく 価格面でご無理を聞いていただきたいとのことでした。
高精度の金型が中国で年々製造できるようになりつつあるのと、生産額の総計も次第に日本からこの国に移っていくものと思われます。

目次に戻る


(4)金型設計


TIANJIN MOTOR(国営)では、技術系大卒ばかりで80名の技術スタッフがいました。その国のトップクラスの人材を採用できる中国の金型メーカーは、将来日本の金型メーカーよりはるかに優れた設計が出来る可能性を匂わせています。
アジア各国同様、中国政府も金型は最重要産業であることを表明している事が、優秀な人材が集まる理由でしょう。一方、3Kと言われている日本の金型企業には羨ましい限りです。
人件費の安さが競争力に大きなハンディーと思っていましたが、思わぬところに別のハンディーを発見しました。日本の金型企業はCAD/CAMソフトを数十万、数百万円かけて導入しますが、この国では2次元のソフトが数百円、3次元が数千円で買えると言い、いわゆる無断コピーです。
倫理感の違いとは言え、数十台導入している金型メーカーにとって設計費は比較にならないコストの差が出ることは言うまでもありません。堂々と内輪話をするこの国の関係者に脅威すら感じました。何とかならないものでしょうか。(ソフトの会社名の記載はご勘弁いただきます)
この国では金型専業会社はほとんど無く、プラスチックもプレスも社内で部品加工と金型製作の双方を行なっている企業ばかりです。日本でも近年金型の専業では受注量のバラツキ、受注コストと納期が厳しいため、安定した経営には量産も手掛けた方が良いといわれてきました。金型製作技術を持つ会社がそうする事は、量産しか出来ない企業より有利であるのは言うまでもありません。
中国企業で社内部品加工の金型製作だけであれば、類似の形状が多く設計の問題は少なくなります。万一困難な部品の受注をした場合には、日本や近隣諸国から1型だけ輸入をし、取り寄せた金型図面が再び新規受注金型製作の参考書となるのです。
日系企業では現在設計は日本で行なっているケースと、優秀で安い労賃の現地技術者で設計・製作し、更に今後本社の競争力をつけるために現地で設計した図面を日本に電送するという、二通りの考え方があります。

目次に戻る


(5)価格・購買


機械、材料、工具、測定器など全ての日本の商品は高価です。従って、これらの商品は年々他国からの輸入品、中国産品が日本製にとって変わり、増えていると言います。
天津にある100%日系会社の社長は、現地の材料はS45Cまでしか使えず、それ以上のものは日本製で金型のパーツ、工具も全て日本製です。だから金型コストは高くなると言います。
この国に進出した金型企業でも、日系が100の金型費とすれば、韓国系は75%、ローカルの金型費は50%以下だそうです。私は海外に進出し、上手く軌道に乗せれば金型コストの競争力がつくものと思っていましたが、この考え方は間違っていました。
どの国に進出しても、その国で競争力のある価格で生産できるよう努力しなければならないことを 学びました。価格の競争相手は、日系企業ではなく、現地の企業なのです。
今のところ当地の金型の品質は落ちるが、中国で販売する商品であれば十分であると言います。今後国内に商品が出回った後、海外に輸出するとなれば、品質の向上を心がけなければならないでしょう。上海のS氏は、日系の社員は土日ごとにゴルフで明け暮れるが、韓国系は仕事さえあれば土日も頑張って働くために安く、早く出来ると言っていました。

目次に戻る


(6)日本への要請


再びパスコン社のMr.Linのコメントになります。
「近年、韓国の金型企業は年に2〜3回上海で各社の展示会を行なっています。終わってからは 熱心に各社のスタッフは上海の得意先回りを夜遅くまでやっています。日本の企業は上海に金型を売る気はないのですか。」
更に「日本の金型屋はアフターサービスが良くないが、韓国企業は良くやってくれる。」だが、これはミクロの話であって全て日本の金型メーカーのサービスが悪いと言う事ではないでしょう。
「しかし、我々は日本の金型に魅力を感じているし、技術を教えて欲しい。又、日本と合弁をしたい」と熱心に要求をしていました。「質が高く安い労賃の中国の人材と日本の技術が合作すれば大きな競争力がつく。」と熱っぽく語っていました。日本の金型メーカーとの合弁がステータスになるとも言っています。
WTO加盟後は特に上海へ、中国全土に外資系の大企業の進出はあとをたちませんが、それよりも日本の小集団(金型メーカー)が進出して欲しいという声が非常に多かったことは、我々視察団には片時の慰めになりました。

目次に戻る


日本の金型企業の海外進出


日系大手が海外進出する場合には既に幅広い知識と経験を有するため、進出はスムーズに行なわれています。しかし、中小製造業の進出にはその情報やノウハウがないこともさることながら資金力、派遣技術者など多くの問題が待ち受けています。
企業の海外進出(空洞化)に対しては様々な考え方があります。海外で10年以上経験のあるフィリピンの日系家電メーカー・M社のS氏に「大手の海外進出が日本の中小製造業に、国の雇用機会や税収にマイナスになるのではないか?」と6年前に質問をしました。
S氏の答えは私の予想に反するものでした。一概にマイナスばかりでないことを語っています。
イ)「海外の日系企業で活躍している駐在員は世界で25万人位いるだろうか。その日本人がもたらす利益は莫大な金額になって日本に貢献している」
ロ)「進出した日系企業が日本から輸入する機械、材料、ノウハウ、工具、設備機器、ロイヤリティーに至るまで巨額になっています。駐在員一人当たりの貢献は日本にとって大きい筈です」
ハ)「もし進出しなければ、その企業はなくなっているケースだってあります」
ニ)「海外の日系企業はその国の利点を生かし様々な応援、支援を逆に日本本社にしていることが、本社の発展につながっている」と言うものでした。
 
1985年(プラザ合意)以来我が国は急激な円高になり、大手製造業はコスト削減や現地市場を狙った海外進出が続いています。今後もこの勢いが止まる兆しはありません。我々下請け製造業の受注量と受注価格は毎年確実に減少・低下しています。
加えて、アジア諸国は外資の導入に大変熱心で、輸出加工区と呼ばれる特別ゾーンを指定し、5〜8年に渡り法人所得税は無税、その後も永久に5%という国もあります。機械や材料の輸入税もありません。このあたりの条件は中国と比較して他のアジア諸国の方が格段に有利であることを記憶しておいた方が良いと思います。

この度訪問した中国は昨年WTO(世界貿易機構)に加盟しました。加盟に対して中国政府は「利があっても損はなし」とはっきり自信を持って表明しています。今までの中国の法律や習慣、ビジネスなどのやり方は急速に自由経済手法に移行すると予想します。今後の進み方に注目したいと思います。
WTOに加盟したためと思いますが、今年に入ってから上海では外資の進出が急激に増加しています。だが、現在中国ではWTOを理解した人材の不足で、暫らくは上手く機能しないだろうという声も国内で言われています。
日本である程度の技術がある企業が海外に出れば、受注の心配は全く無いと言えるほど、日本の生産技術の幅広さ、深さは現在世界で評価されています。しかし、先に述べたように中国や韓国の追い上げ、それに豊富な資金と技術を持った台湾の台頭でその急激な技術力の向上をみれば、彼らと対抗するために残された時間は余りありません。日本で1年間の金型技術の成長は、条件の整った中国では1週間と言われているからです。昨今中国のマーケットの大きさが盛んに言われます。大手製造業がその国のシェアを取るためには必要条件となります。しかし、市場を求めての海外進出でなく、海外や日本に輸出する企業であれば、大手企業であってもアジア諸国のほうが有望な場合もあります。
"皆が行くから海外進出は全て中国"との考え方に警鐘を鳴らしたいと思います。

金型企業(中小製造業)が海外進出で成功するためには、その国のマーケットの大小でなく得意先(発注先)がいる事だと思います。しかも、同業者の少ない国(金型技術が遅れている国)、長期駐在者のために住みよい国、商売上のトラブルが出た時でさえ民間の我々にまで60年前の歴史を 持ち出さない国、多額の利益が出るようになった際益金を自由に出来ることなどが進出に適した国といえます。各国の税法は必ず異なりますので、進出する国の税法はもちろん商法、労働法を前もって勉強・調査する必要があります。

アジア諸国や中国の賃金は日本のおおよそ二十分の一といわれます。だが、基本給だけで高いか安いかを判断するのは正しくありません。基本給以外に企業が月々補填しなければいけない費用、細かく言えば残業手当の比率も大きく異なります。社員の退職時にどれだけ必要なのかなど、労働法も詳しく調べておく必要があります。(例:上海では残業は月に30時間以内とされ、超えれば時間当たり100元の罰金を取られます)
地域的に住宅が不足しているとか、通勤に不便な理由などで企業が住宅を建設しなければならない省もあるそうです。賃金の安いことも大切ですが、設備集約的な金型企業は賃金コストより、労使が一体となり協力してくれたり、協調性のある優秀な人材を採用できる国や地域を選ぶことも大切かと思います。又、理由は分かりませんが中国では管理職や、優秀な技術者の給与はアジア諸国より50%程度高くなっています。

今回の視察でも海外進出するのに単独か合弁の良否を伺いました。
「中国であれ、他国であれ合弁会社がうまく行く可能性は100%ない」と天津のS氏から忠告を受けました。だが、中小企業が単独で文化や言語、宗教、経営のしきたりの異なる国への進出することは大変困難と思われます。そして運良く単独で進出した多くの企業ですら、進出後成功したとたん難題をぶつけられ最悪の場合、中国から撤退を余儀なくされた企業数は数百社程度ではないと聞きました。
中国に進出するにあたり賢明な方法の一つは、香港に会社を設立(資本金が2香港ドルからできる)して、華南地区あたりで委託加工する方法が良いとされています。
この方法を簡単に言いますと、中国の工場の必要経費だけを香港から送金するシステムです。このやり方では中国に大きいメリットが無いので、中国政府はこのやり方を止める動きをしているようですが、既に何万社も存在するため、この制度を無くすことは難しいと言う声もあります。
この方法で小企業が単独の進出で成功させるために、多くの経験とノウハウを持ったシンセン・テクノセンター(日技城)に入居する方法は極めて上手いやり方です。
テクノセンターとは、小規模の製造業でもこの団地で工場を賃借りして入居すれば人事、経理、仕事の斡旋、通訳など全ての問題を事務局が舵取りをしてくれます。現に海外の事に無知で言葉の分からない製造業がここに進出し多くの企業が大成功しています。もちろん合弁相手にだまされたり、御上から理由の無い金を巻き上げられる事も無い、と聞いています。又、テクノセンターに入居後急成長し、同時に現地の事情を勉強した上"卒業"し他の地域に再進出をしている企業もあります。

 (詳しくは:当社 http://www.itoseisakusho.co.jp/新着情報・テクノセンターをご覧下さい) 

当社の話で恐縮ですが、6年前にフィリピンに進出を決め、全てがスムーズに行ったと思っていました。例えば累積赤字を一掃するのに設立後4年しかかからなかったし、得意先や社員にも恵まれ思ったより合弁による進出はうまくいったと考えていました。
しかし、当社がフィリピンで合弁会社を設立した事に、厳しい指摘を受けましたので、今後進出をされる企業の皆様の参考になると思いここに紹介します。

ズバリ当社の問題点を指摘してくれたのは、5カ国に生産拠点を持ち、自身が20年の海外経験を持つフィリピン・セブにある中堅製造業の代表役員のK氏です。
「イトーフォーカス社を短期間で軌道に乗せたことや、順送金型の設計を含め金型の現地生産ができるようになったことは大変すばらしい。しかし合弁会社、しかも50%対50%という形態にしたのには疑問がある。日本の技術力の高い企業が海外で合弁会社を設立するメリットはないといってよい」
「日本の株主だけで100%の出資で進出するべきであろう。このような出資比率は、外国人のパートナーにとっては最も都合のよい、ラッキーな話である。日本に住む日本人には絶対に信じられないことだと思うが、残念ながら日本流の義理、道徳、信頼、謙虚さ、そして特に金銭感覚を理解することは外国人には不可能であろう」
「日常のプライベートの交流が完璧に上手くいっている場合でも、金銭面の話になると日本人から見れば、彼等は全く人格が変わってしまうように見える。今後イトーフォーカス社が成長するほど、外国人パートナーとの金銭感覚の違いや自己利益を最優先する考え方に苦労するだろう。
K氏の企業グループ5社の内4カ国は単独出資です。ある国の唯一の合弁会社では、毎年決算後にトラブルがたえない」と言います。

過去にも海外進出している日系企業からこのような指摘を頂いたが、私は25年も家族づき合いをしている自分のパートナーに限ってはそのようなことはないと考えていました。しかしながら、2002年に新工場を建設するための資金についての会議中に現地社長とトラブルになりました。
詳細はさし控えますが、相手のためになる事をどれだけしてあげても、相手が感謝することを期待してはいけない、余計な親切をしてはいけないと考えるようになりました。
日本人なら感謝するようなことでも、彼らはビジネス面・特に金銭面で非常にドライな考え方をしており、恩を受けた素振りは絶対に見せません。
感謝の気持ちを表現することで、自分達が今後不利になる条件を受け入れなければいけなくなると考えるのかもしれません。
しかし、当社にとって初めての海外進出でビジネスルールや語学にハンディーがあったため、パートナーである彼等の力が無かったら合弁会社は成功しなかったかもしれず、私は合弁という方法が完全に失敗だったと思いたくありません。ビジネスとして割り切って考えれば、彼等はパートナーとしては悪くはなかったと今も思っています。
だが今後の海外進出は100%出資しか考えていません。それができる経営ノウハウを合弁のパートナーから学ぶことができたと前向きに考えています。
K氏の指摘は、日本が良くて外国が悪いという意味でないと思います。あくまでもビジネスのやり方や金銭感覚などの文化の相違いであって、島国の日本人だけが世界で特別の感覚なのかもしれません。

以上のように当社も海外進出組ですが、海外に進出する企業に対して異端児であるかのような考え方を持たれる方がいると聞きました。ある意味ではそう言えるかも知れませんが、進出組も好き好んで治安が悪く、気候や食べ物、宗教、言語の異なった国で商売をしたくないと考えています。国内の得意先から強い要望があり意思に反して進出している企業も多いと聞きます。

昨今のグローバルな生産構造の変化では、受注範囲の狭い国内だけのフィールドでは、せっかく長年高度の技術を蓄積した優良な会社でも廃業しなければならないところが既に出ていますし、今後もこの傾向は止まらないといわれています。需給のバランスが極端に悪くなっているからです。又、できることなら国内だけで経営をしたいと思っていますが、独自の技や蓄積ノウハウ消滅すると言うことであれば、地球上でどこでもよいから残せる国に残したい。・・と私は考えています。実際は、海外にはお小遣いを持って数日間観光に行くのが一番良いと思っています。
もし日本の金型メーカーが海外進出をしなければ市場の大きい中国などで、台湾や韓国の金型企業に全て抑えられてしまう事だって予想できます。海外進出しないことが、逆に日本国内の製造業の廃業を加速し、金型製作技術が日本から消滅する可能性だってあるかもしれません。

フィリピンのM社のS氏が話してくれたように、それぞれの会社の技術を海外にシフトすることで、多額の利益やロイヤリティー収入を日本に還元し、国内の本社が安泰である例も多いのです。
もし海外に出ていなければうちの会社は既に無くなっていたという企業も結構あります。海外の安い労賃で優れた技術者に設計をさせたり、生産工程の分業をして競争力のある金型を作る事もできます。又、日本本社の60%程度の安い価格の金型を現地企業から輸入し、日本の得意先に還元しつつ量産部品の受注を容易にしている例もあります。もちろん海外進出に失敗した企業も沢山あるし、大きいリスクも伴いますが、もし今後海外進出するのであれば、設立後の暫らくは資金の援助が必要なため、少しでも体力が残っている今しかないと思います。

前にも述べたように、アジア各国の技術の追い上げを見た今、日本の金型メーカーはメリットや意味も無く、今後これ以上独自の技術を海外の同業に教えないなど、姑息な事も考えないといけないほど追い詰められて来ました。

目次に戻る


終わりに


社会主義の人民は働いても働かなくても給与が変わらないから働かない。人民服を着ている。自転車ばかりで自動車は余り走っていない。食べ物も配給で劣悪である。親切をしても感謝をしないし、無愛想である。・・これらは次元の低い想像、認識不足であり遠い昔の話でした。

上海の市街を見学して私は立ち直れないほどのショックを感じました。表現が出来ないくらい 美しく、日本や欧米でも見られない景観でした。最新のビル、優れた建築設計はおとぎの国のようでした。又、何処までも続く片側4車線の道路も圧巻でした。しかも、昔の建築物に金をかけて歴史を残す努力もしているのは素晴らしい事です。
市街で美しい木々の植え込みなどは言うまでも無く、浦東国際空港から上海市街まで30km以上の道路にも全て植栽され、完璧に管理もなされています。年中乾燥した北京周辺と違って、気候にも恵まれています。
現在、空港から市街までリニアカー(列車)の建設中でした。2003年に完成しますが、時速450kmで空港から上海市内の30km余りを8分で走るそうです。日本では過去にも将来もこれほどセンスの良い立派な都市づくりは不可能でしょう。上海だけで2万箇所がいつも建築中と言います。
人々は誰もが幸せそうに見え、ファッションも素敵でした。新鮮な食材も町に溢れていました。治安に関しても他のアジア諸国よりはるかに安全と見受けました。

上海から関西空港に戻りましたが、日本で第二の都市・大阪の夜のネオンの明るさは、上海の半分以下であると思ったのは私だけではありません。
本当にこのような素晴らしい国に、年率7%以上成長し続けている中国に日本がもしODAの援助をしているとすれば大変失礼な話であると、団員間で話題になりました。すぐにでも止めなくてはいけないでしょう。

この度、中国金型産業実態調査団員として参加させていただきましたことを光栄に思うと共に 私自身大変勉強になりました。今後の会社経営に役立たせたいと考えています。
又、関係各位に何かとお世話になりました事、ここにお礼を申し上げます。

目次に戻る


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

(参考資料:1)

年初に視察訪問した各国の報告をいたします。
海外視察報告書 1月27日〜2月6日     
(タイ、マニラ、香港、シンセン)

 国内では下請け製造業に対して一層の価格見直し、海外との価格競争、海外調達、得意先の海外に更なる生産拠点のシフト等、我々下請け製造業に厳しさが弱まる気配はありません。
 そこで昨今話題になっている3カ国を急ぎ足でしたが現地に出向き、実情を調査・視察しました。


タイ・バンコク訪問
ではアジアの通貨危機で落ち込んだ余韻は少しも残っていません。
今年中に通貨危機以前の自動車生産台数を上回るといいます。
又、日本や各国のタイにおける自動車生産の増強を期待し、今後の景気予想に好印象を持ち、活発な設備投資をしています。
 近い将来当地から日本に対して大衆車を輸出するらしいとの情報も一層良い刺激になっています。

 現地の自動車メーカーは金型の現地生産・調達を最重点として取り上げています。しかし、タイにはまだまだ金型屋(特にプレス型)が少なく、今後も日本からの進出を望んでいます。現時点でも日本の自動車各社とそのサプライヤーは良い決算をしていると推察しました。

2001年末、日本のプラスチック金型・部品製造業がタイに工場見学にやってきました。そして各タイ工場を視察したが、タイのローカル企業の多くでは、すでに平均的な日本の工場よりも高級機械がそろい、部品の精度も日本以上であることにショックを受け、タイに工場進出する計画を断念しました。

金型の現地調達とは、日本の高い金型を買わないという意味であって、フィリピンや、台湾、中国から金型を購入する場合は現地調達とみなされているようです。寂しいかぎりです。
20年近く前にはバンコク・マニラ共に外資受け入れに力を入れようと、海外企業に対して様々な恩典(特に税金)を提供しスタートしました。(タイ:BOI フィリピン:PEZA)
当時はフィリピンのほうが有利だったそうですが、余りにも多くの不運な事件があったのと治安の悪さの先入観が災いし、現在ではタイに大きく差をつけられました。
以前はタイで感じられなかった事ですが、今回タイの産業界では、中国の経済成長を大変意識しています。同時に今後も中国には負けてはいけないと言う意識を強く感じました。

【不運とは・・・】
*若王子氏(故人)の誘拐で長期にわたり大きく日本で報道された。 
*アキノ氏が空港で暗殺  
*保険金殺人(日本人による犯行)
*バギオの大地震とピナツボ火山の大爆発により、周辺に大きな影響。
 特に米空軍がクラーク基地から撤退した事は、周辺地域の経済に大きくマイナスとなっている。
*ミンダナオ島を拠点にイスラム系ゲリラの小規模な長期的活動。
*マスコミ報道方法に疑問: インドネシア、ベトナム、マレーシヤ、タイ、中国では事件や殺人は無いのでしょうか。当然あると思うがあまり報道されません。
どうして日本の新聞にはフィリピンの事件だけを大きく報道するのか私には理解できません。

目次に戻る



シンセン・テクノセンター
(日技城)訪問(中国・シンセン)"
予想通り活気に満ち溢れていました。シンセン、上海、北京、大連、天津がどれだけ経済発展成長しても、奥地から数億人の労働者予備軍がいるため、人件費が上昇しません。経済の原則からは考えられない(例の無い)魅力といえます。

 テクノセンターでは:小規模の製造業でもこの団地で工場を賃借りして入居すれば人事、経理、仕事の斡旋、通訳など全ての問題を事務局が舵取りをしてくれます。
 現に海外の事に無知で言葉の分からない製造業がここに進出し多くの企業が大成功しています。
もちろん合弁相手にだまされたり、御上から理由の無い金を巻き上げられる事も無い、と聞いています。 又、テクノセンターに入居後急成長し、同時に現地の事情を勉強した上"卒業"し他の地域に再進出をしている企業もあります。
当テクノセンターのある企業では、"定年"が22〜23歳と言い、常に若い労働者を入れ替えているようです。精密部品の組みつけには、視力3以上の女性を採用し、へたな日本の組み付けロボットより不良率が低いと話していました。全員の若い社員は何年にも渡り憶えた仕事の内容をメモに残し、QCサークル活動にも真剣に取り組んでいます。

目次に戻る


フィリピン
ではタイと比べ、不景気感が強く失業者も多くいます。

【不景気の理由】
*フィリピン政府の定めた最低賃金(円安の現在1日750円程度)が中国、タイ、インドネシアより高い為、特に数千人以上のアッセンブリメーカーに於いては、大きく利益に影響します。
 例えば1日100円高くなれば、5000人の企業にとっては1日50万円の出費増となります。 
前記のように、他のアジア諸国より治安が悪いという先入観が、外資導入にブレーキをかけているようです。当地の政府は、今後在マニラ外資系企業の中国への移転(シフト)を気にしています。

しかし、これを前向きに捉えている日系企業も多くあります。
*ライバル企業が活発に進出してこない為、競争力があり好決算の企業は多い。
しかも輸出加工区入居企業は、利益=剰余金です。
*レベルの高い豊富な労働者を選別採用できる。
*特にコンピュータソフトのエンジニアは日本より優秀といわれています。
*中卒以上であれば全ての国民が英語を話す。
*日本から飛行機で4時間弱の近距離。
*カトリックでありながらタイの仏教より、何故か日本人と性格、文化が似通っている。

目次に戻る


当社の合弁会社・イトーフォーカスの状況

先に述べたようにこの国も不景気感が強いと言われています。
当社の現地法人に入社する単純作業者(ロースキルジョブワーカー)に大卒の女性が、学歴を隠し最低賃金で何人も入社しています。彼女達は学歴を申し出れば採用してもらえないと考えているようです。しかも、彼女達は自分の優秀さを認めてもらい高度な仕事をしたいため、一生懸命働きます。短期間に実力を示し、1ランク上の仕事につく社員も出てきました。

治安を心配してなのか、当社の同業社があまり進出されない為、現在までは順調で金型の受注は好調で6ヶ月間の注残を抱えています。
12月の決算では、満足できる数字となりました。得意先様や取引先様、現地で頑張っている社員に御礼を言って帰国しました。

 11月にはマニラの南50kmにある輸出加工区に工場移転の予定ですが、多くの恩典とは反対に、キーになる社員が全員合流できないことや、従来より経費が増加するなどの問題を抱えています。
現在社員は95名ですが、1ヶ月の総支払い賃金は(日本人は別)185万円です。


移転と同時にイトーフォーカスはイトーFGI(エフジーアイ)に、社名が変わります。

昨年末に用地を購入した輸出加工区・カーメルレイU

2002年11月完成予想図
取得工場用地
周辺の景観

(建築面積:1980平方メートル)

ガス、水道、電気、光ファイバーは地下に埋設され、良質の電気配送の為自家発電をしています。

目次に戻る